最近、広尾の日赤医療センターに行く機会が増え、港区のコミュニティバスである"ちぃばす"を利用すると表参道や六本木からのアクセスが便利なことを知り、すっかり気に入って利用するようになりました。この日も日赤に行く前に、六本木ヒルズにある森美術館でつい一昨日から始まった「ディン・Q・レ展 明日への記憶」を見ていくことにしました。
ベトナム人アーティストであるディン・Q・レ氏の作品は、いずれもベトナム戦争と深い関わりのあるものが多いです。
戦争へのアプローチの仕方は様々あると思いますが、ややもすると残虐性や暴力性、非人道性、殺戮などにクローズアップされがちな「戦争」というテーマ。
レ氏の場合、自己のメッセージを全面に打ち出すような作品ではなく、むしろ事実を積み重ね構築していく映像作品であったりインスタレーションです。関係者へのインタビューや綿密な調査をベースに作り上げている作品は、ドキュメンタリーにも近い実体験を伴うリアルな表現となっています。
映像作品《農民とヘリコプター》(2006)や《父から子へ:通過儀礼》(2007)、「ようこそベトナムへ」の一連の展示作品や写真、「アーティストと戦争」で展示されていた《光と信念:ベトナム戦争の日々のスケッチ》(2012)と《闇の中の光景》(2015)などが大変印象に深く残っています。
紡がれた記憶 Woven Memories
入ってすぐに展示されているのは、「フォト・ウェービング」シリーズ(Photo-weaving Series 1989年~制作)と「巻物」シリーズ(The Scroll Series)。
ベトナムの伝統的なゴザ織の技法から着想を得た、写真を帯状に裁断し織り込んだ「フォト・ウェービング」シリーズで、彼は一躍注目されることになりました。
ヘリコプターをめぐる物語 Story of a Helicopter
《農民とヘリコプター The Farmers and the Helicopters》の実寸大ヘリコプター(2006)
ベトナム戦争のアイコンとも言えるヘリコプター。自作のヘリコプターの開発に挑むベトナム人男性を中心に、ベトナム人と戦争との複雑な関係を巧みに描き出した映像は、国際的な出世作と言われています。
戦争の影 Behind the War
《傷ついた遺伝子 Damaged Gene》(1998)
《ベトナム戦争のポスター Vietnam War Posters》(1989)
《父から子へ:通過儀礼 From Father to Son: A Rite of Passage》(2007)
この「戦争の影」というタイトルのもとでの展示群は、彼がまだ若い頃のもので、その後の活動を理解する上でも重要です。 《傷ついた遺伝子》(1998)は、枯れ葉剤散布による悲劇を物語るものとして、レ氏の作品のなかでも最もメッセージ性の強いもの。ショッキングな作品でもあります。
《ベトナム戦争のポスター》(1989)は、彼がまだ亡命先のアメリカで学生だった頃の作品で、アメリカ人の視点から語られるベトナム戦争に疑問を持ったことがきっかけで作られています。
《父から子へ:通過儀礼》という映像作品は、レ氏の鋭い洞察力、視点に驚いた作品でした。ベトナム戦争を題材にしたハリウッド映画『地獄の黙示録』(1979)と『プラトーン』(1986)。大きなスクリーンの左右にそれぞれの映画が編集されて写し出されています。それぞれの映画の主人公を演じたマーティン・シーンとチャーリー・シーンは実際に親子であることに注目し、戦争体験を共有する親子に迫ります。別な映画にもかかわらず、似たようなカメラワークのシーンが左右で同時に親子が映し出されるように編集されており、鑑賞者はいつしかこの2人が同じ体験を共有していることに気づき不思議な感覚に陥ります。アメリカでは親が戦争を体験している子供が軍人になるケースが多く、 これは父や祖父が体験したことを知ろうとする若者の心理にせまった問題提起の作品と言えます。
漂う民 Drifting Away
《抹消 Erasure》(2011)
海に見立てた膨大な写真のインスタレーション。その中から、鑑賞者が1枚を拾い、箱に入れると、ウェブサイト上でアーカイブとしてアップされる仕組みになっています。
運命のヘリコプター Fate of Helicopters
《南シナ海ピシュクン South China Sea Pishkun》(2009)それから、《南シナ海ピクシュン》(2009)
この作品を昨年の"横浜トリエンナーレ"会場で初めて見たのですが、ヘリコプターが次々に海に落ちていく映像はインパクトがあり、てっきり(画面に映っていない敵に)撃墜されている様子なのだと思っていたのですが、今回「ピクシュン」という言葉の意味を知り、今回理解することができました。
ベトナム戦争の変容 A New Version of the Vietnam War
《人生は演じること》(2015)の展示
《Everything Is a Re-Enactment》(2015)
ようこそベトナムへ
《お気の毒(「ミレニアムにはベトナムへ」シリーズより)》(2005)
《So sorry(From the series Vietnam Destination for the New Millennium)》(2005)
"So sorry to hear that you are still not over us. Come back to Vietnam for closure."
訳:まだ乗り越えられていないなんてお気の毒。おかえりなさい、ベトナムへ。ちゃんと終わりにしましょう。
《おかえりなさい、ソンミ村へ「ミレニアムにはベトナムへ」シリーズより)》(2005)
《Come Back to May Lai(From the series Vietnam Destination for the New Millennium)》(2005)
"Come back to My Lau for its beaches"
訳:おかえりなさい、ソンミ村へ。今度は素晴らしいビーチへどうぞ。
《おかえりなさい、サイゴンへ(「ミレニアムにはベトナムへ」シリーズより)》(2005)
《Come Back to Saigon(From the series Vietnam Destination for the New Millennium)》(2005)
"Come back to Saigon! We promided we will not spit on you."
訳:おかえりなさい、サイゴンへ!唾を吐きかけたりしないから。
ブラックなジョークが書かれた観光ポスター風の作品。
抵抗のための連帯 Alliance for Resistance
《バリケード》(2014)
《Barricade》(2014)
アーティストと戦争 Artists and War
《光と信念:ベトナム戦争の日々のスケッチ》(2012)
《Light and Belief: Sketches of Life from the Vietnam War》(2012)
《闇の中の光景》(2015)
《Vision in Darkness》(2015)
今年は、ベトナム戦争が終結して40年目とのこと。日本にとっては、第2次世界大戦が終結して70年目の年であると同時に、7月16日に衆議院で安保関連法案が強行採決され、非常に重要な転換点に来ている気がします。この展覧会は、今一度日本の平和について考えるきっかけになるのではないかと思います。
ディン・Q・レ展:明日への記憶
会 期: 2015年7月25日(土)-10月12日(月・祝)
会 場: 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
主 催: 森美術館
企 画: 荒木夏実(森美術館キュレーター)
協 力: 日本貨物航空株式会社、シャンパーニュ ポメリー、ボンベイ・サファイア