音楽・アートとか

ゲーテのファウストが脳裏をよぎる…チョ・ソンジンのピアノリサイタル

9月24日サントリーホール。ショパンコンクールの優勝からはや3年半。この日のチョ・ソンジンは、哲学的深淵さを感じさせる渾身の演奏で驚くほどの進化を見せてくれました。

この日のプログラムは、前半がモーツァルトの「幻想曲」K397とピアノソナタ第3番 K281、そしてシューベルトの傑作である幻想曲「さすらい人」D760/Op.15。後半はベルクのピアノ・ソナタ Op.1 とリストのロ短調ソナタ。

前半のシューベルトと後半のリストは、やはり一番楽しみな曲。

サントリーホールのP席中央最前列という素晴らしい席に恵まれ、臨場感が半端なく、開演前から期待が膨らみました。
観客席はほぼ満席で、いまや押しも押されぬスターです。

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定刻になり開演。
黒のシャツにスーツというごく普通なスタイルで登場。
ピアノの前に座ると、腕を交差させて身体に巻きつけしばし瞑想。自分の世界に入る準備をしているよう。

静かにはじまったモーツァルトの幻想曲。
冒頭のアンダンテの部分はまるでモーツァルトらしからぬ曲で、非常に精神性の高い演奏を求められます。
途中からニ長調に転じてモーツァルトらしい楽想が続くのですが、非常に神秘的な曲です。

切迫する緊張感のある演奏が美しい。
以前のリサイタルで聴いた時とはまるで違うピアニストに思えました。

続いてモーツァルトのピアノソナタ第3番。グラモフォンで昨年CDを出しており、プログラムに組み込まれたとおぼしき。
数あるピアノソナタの中にあって第3番は曲自体にあまり魅力を感じないものの、彼の演奏には惹き込まれました。

さあ前半最後のシューベルトの「さすらい人幻想曲」。モーツァルトの2曲でこちらもウォーミングアップ完了。
この曲は、美しい旋律で傑作といわれる20分強の曲。

緊張感と神々しさ。驚くほどのエネルギーを爆発させたかと思うと、甘美な旋律があらわれ、その繰り返しは聴衆を翻弄するような悪魔的な魅力で聴かせます。実に魅了されました。心が奪われるとはこういう感じ?
休憩に入った途端に出た言葉が「まだ前半だよね…」。
隣の友人は「リストがどうなることやら…」と期待と不安の入り混じりの呟き。
やれやれ。私は凄いものを聴いてしまった感で、もう腹八分目以上です。

後半、ベルクのピアノソナタ。
予習の意味でYoutubeで聴いてから臨んだのですが、現代音楽みたい。無調性っぽいけれど、主調はロ短調らしいです。
ベルクのピアノ曲は数曲しか存在しないらしく、私も今回を機に知った作曲家です。
友人にシェーンブルクの弟子であったことなど、休憩時間中にちょっと雑学を教えてもらいました。

前半はガチガチだったので少し雰囲気が変わって、普段ならあまり聴きたいと思わないような曲にもかかわらず、とても心地よく響きます。
単一楽章のピアノソナタで、さすらい人幻想曲から続く一連のストーリーを感じることができます。

そして、待望のリストのロ短調ソナタ。
しょっぱなにフェイントを食らわされました。なんとベルクに続けてすぐに弾き始めたのです。
普通なら曲が終わり立って礼をするのが常套のはずなのに、そのような行為は一切なく、まるでベルクの第2楽章が始まったかのようなこの行為は彼の意図するところがあったに違いありません。
それにしても、私も友人も驚きました。

そして、この曲を完璧なものにするために悪魔と取引したのではないか?と思うような演奏。
まるで生命を削って演奏しているよう。
私の中のチョ・ソンジンというピアニスト像が完全に打ち壊されました。
クールで知的な外観からはおよそ想像できない、苦と喜、歓喜と狂気、ものすごいエネルギーが汗となり額から飛び散るのすら美しい。
キラキラ飛び散る汗がまるで宝石のように光り輝いて、とんでもない世界に足を踏み入れている感じ。
やばい…これは非常に性的な倒錯した世界!
おそらくピアニストもエクスタシーに達しているであろう…
曲が終わった時には、完全に蛻の空のようになってしまいました(笑)
なんていう演奏なんだろう。

放心状態のようなピアニストを前に、「アンコールの演奏は必要ない」私の心のつぶやきとは裏腹に拍手喝采を止められず。

何度目かの挨拶の末、観念したようにピアノに向き合って弾き始めたのがショパンのピアノソナタ第2番の第3楽章。
私の中ではまったく違和感なく、彼と寸分違わず同じ気持ちでこの選曲だったことにむしろ感動を覚えました。
葬送行進曲はまさにふさわしい一曲。

そう思っていたところ、友人は私とはまったく違う受け止めだったので、人というのは面白いものです。
なぜこの曲だったのか…(日韓関係だとか)いろいろな解釈はできると思います。

さしずめ、アンコール最後のモーツァルトのピアノソナタ12番の2楽章で、なんとか私は生還できました(笑)

この演奏会のプログラムストーリーは非常に知的なゲームのよう。
私はまだこの脱出ゲームから脱出できていません!

シューマンの幻想曲について帰ってから調べたところ、面白いことが分かりました。

Wikipediaによれば、

幻想曲という名がついているが、4楽章からなる自由な形式のソナタ風作品で、リストがピアノソナタ ロ短調(単一楽章の幻想曲風ソナタである)を作曲する上でも大きな影響を与えたとされている。

なーるほどね。
このプログラムが、非常に深く練り上げられたストーリーであることが窺い知れます。

博学な友人に聞いた話によると、高い演奏技術を要求される難曲で作曲者シューベルト自身も演奏できなかったのだとか。
Wikipediaの記述に面白いものがありました。

シューベルトのピアノ作品としては高度の演奏技術を要する作品で、シューベルト自身がうまく弾けず、苛立ちのあまり「こんな曲は悪魔にでも弾かせてしまえ」と言ったという逸話もある。

悪魔でなければ弾けないピアノソナタ。メフィストワルツの作曲家リスト。幻想の世界へ誘うロ短調の妖しい調べに、今宵は生と死を見たかんじです。
今年もっともエキサイティングな演奏会をどうもありがとう!
素晴らしい時間をくれた友人に、心からの感謝を送りたいと思います。


【演奏曲】
モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第3番 変ロ長調 K.281
シューベルト:幻想曲「さすらい人」ハ長調 D760/Op.15

*** 休憩 ***

ベルク:ピアノ・ソナタ ロ短調 Op.1
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178

*** アンコール ***
ショパン:ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.35 第3楽章
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第12番 ヘ長調 K.332 第2楽章

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